

近世・西尾のインフラ整備<三河国土学③>
★吉良荘があった西尾市には、家康公や吉良氏が郷土・三河に働きかけてくれた成果(功績)が現在も残されています。 吉良荘と西尾祇園祭 矢作川の河口に位置する西尾市は、かつては吉良荘と呼ばれ、鎌倉時代から戦国時代まで約340年間にわたり、この地の地頭職を務めた清和源氏足利氏の流れ...


岡崎城主・田中吉政のまちづくり<三河国土学②>
★わずか10年間の岡崎治世でありましたが、城下町建設、街道再編、矢作川築堤、矢作橋建設など、田中吉政がデザインしたまちづくりは、現在も確実に受け継がれています。 戦国大名・田中吉政 田中吉政は、羽柴家(後の豊臣秀次→秀吉)に仕えた武将で、1590年(天正15年)徳川家康が関...


西三河を育んできた矢作川の流れ<三河国土学①>
★『徳川家康』『世界のトヨタ』『日本のデンマーク』など、矢作川の流れは西三河地域を歴史的に形作り、わが国発展の礎となる人や産業を育んできました。 尾張・西三河・東三河 以前のブログ(三河国一宮「砥鹿神社」に詣でる<穂の国「東三河」①>)で、愛知県は「尾張」地方と「三河」地方...


令和5年6月台風2号豪雨災害<穂の国「東三河」⑰>
★7月20日、東海地方でようやく梅雨が明けましたが、令和5年6月台風2号豪雨災害はこの地に大きな被害を与えました。 日本列島と梅雨 多雨地帯であるモンスーンアジアの東端に位置する日本。わが国の降水量は季節ごとの変動が激しく、梅雨期と台風期に集中しています。なかでも、梅雨期の...


豊橋祇園祭<穂の国「東三河」⑯>
★平安京の時代も令和の現代も、この日本という脆弱な国土で暮らしていくためには、疫病や自然災害といった災禍と向き合い、これと折り合いをつけていかなければなりません。 4年ぶりに復活した打上花火 豊橋の夏の風物詩「豊橋祇園祭」は、手筒花火発祥の地として知られる吉田神社の祭礼で、...


祝・南阿蘇鉄道全線運転再開!
熊本地震から7年3ヶ月、念願だった南阿蘇鉄道の全線運転再開が実現しました。この日を迎えるにあたり、ご尽力された関係の皆様に心より感謝申し上げます。 南阿蘇鉄道の思い出①(熊本地震発生前) 2015年(平成27年)12月16日に熊本に赴任して、最初に向かったのが肥後国の一の宮...


ええじゃないか発祥牟呂八幡宮<穂の国「東三河」⑮>
★変革の時代に生まれた「ええじゃないか」のエネルギーは、今もなお豊橋市民に受け継がれています。 歴史の転換点/幕末維新の日本と自然災害 わが国を襲った歴史上の自然災害を振り返ってみると、江戸の幕末期(1840~50年代)に、巨大な地震や台風が相次いで発生・襲来していることが...


松原用水と酒井忠次<穂の国「東三河」⑭>
★愛知県最古の農業用水施設「松原用水」。その起源は古く、1567年(永禄10年)に吉田城主・酒井忠次が橋尾村(現豊川市橋尾町)に井堰を築いたことに始まると伝えられています。 酒井忠次治世下の吉田 「♪え~び~すくい、海老すくい……♪」...


徳川家康ゆかりの地・賀茂と霞堤<穂の国「東三河」⑬>
★豊橋市の最北端に位置し、田園が広がる自然豊かな町「賀茂」。家康公ゆかりの賀茂神社や豊川の霞堤が地区の歴史を今に伝えています。 豊橋・賀茂神社に残る徳川家康伝説 私が住んでいる豊橋市には、NHK大河ドラマで今話題の徳川家康公ゆかりの地が点在しています。...


祝・通潤橋(山都町)国宝指定答申!
今回の通潤橋の「国宝」指定答申によって、さらに九州中央自動車道の開通によって、多くの方々が通潤橋(山都町)を訪れ、インフラの魅力や価値を知っていただくことに繋がればと思います。 令和5年6月23日に開催された国の文化審議会において、山都町に所在する「通潤橋」を国宝に指定する...