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天職

★平成28年熊本地震災害対応を含め、熊本河川国道事務所長としての2年半の月日は、私の人生に大きな意味を持たせてくれました。これが私の「天職」です。この機会をいただいたことに感謝しています。皆さん、ありがとうございました。

 月日が経つのは早いもので、熊本に赴任して、はや2年半が過ぎました。梅雨の真っ直中にありますが、旅立ちの季節が訪れたようです。

 平成27(2015)年12月16日に来熊して、最初に向かったのが肥後国の一の宮「阿蘇神社」。管内の安全祈願が目的でした。当時は、国指定の重要文化財である楼門も健在で、その雄姿は今もしっかりと私の目に焼き付いています。(私が阿蘇神社の楼門を見たのは、この3ヶ月後の平成28年3月の「火振り神事」が最後となりました。)

(阿蘇神社の楼門(平成28年3月))

 赴任直後の年末年始は、購入したばかりの6段変速の自転車(といってもママチャリですが)で一級河川・白川と緑川の探検に出かけました。  白川については、熊本県が激特事業(平成24年九州北部豪雨関連)を実施している龍田地区から河口近くの小島橋まで下り、私が勤務する熊本河川国道事務所の改修事業箇所や加藤清正公(こちらでは「せいしょこさん」という愛称で呼ばれている)が手がけられた渡鹿堰などを見て回りました。  また、JR豊肥本線や南阿蘇鉄道高森線を使って、白川上・中流にある馬場楠堰と鼻ぐり井手、瀬田堰と下井手・上井手、更には白川水源にまで足を伸ばしました。  一方、緑川水系については、緑川本川を始め、加勢川、浜戸川、御船川各支川の国土交通省管理区間の上流端から、河口近くの平木橋まで下り、現在の河川沿川の状況や堤防整備の状況、そして清正公の治水・国土造りの足跡を見て回りました。  途中、江津湖や嘉島町の水源に立ち寄ったこともあって、肥後国は「火の国」であると同時に、あるいはそれ以上に「水の国」であることを体感しました。  また、国土交通省管理区間の上流端には神社がありました。御船川には若宮神社、緑川本川は甲佐神社。甲佐神社は肥後国の二の宮です。  そのすぐ近くに、清正公が夢のお告げによって造ったとされる「鵜の瀬堰」がありました。堰のたもとで、緑川の豊かな水の流れ、水の音を聴きながら、「先人たちが、幾度も幾度も洪水被害にあいながら、その被害を乗り越えて、一生懸命に治水対策を施してきてくれた。井手(農業用水路)を整備してくれた。その先人たちの努力が、現在の私たちの安全な生活や田畑の豊かな実りに結びついている。大変有り難いことだ。」と、肥後国のこれまでの「国土造り」の道のりに思いを馳せずにはいられませんでした。

 国土交通省熊本河川国道事務所長に就任した森田康夫氏(西日本建設新聞社2016.1.28)↓ http://www.wjc-news.co.jp/hito/160128.htm

(鵜の瀬堰)

 年が明けて「平成28(2016)年」がスタート。1月の【約40年ぶりの大寒波・大雪】に始まり、4月の【最大震度7を2回観測した熊本地震】、6月の【梅雨前線による記録的大雨。甲佐町で全国歴代ランキング4位の150.0mm/hを観測】、そして10月の【36年ぶりに阿蘇山中岳が爆発的噴火】と、「平成28(2016)年」の熊本は、正に自然力の暴威を見せつけられた1年でした。そして、「平成28年熊本地震」を境に、私の生活は一変しました。

(約40年ぶりの大寒波・大雪/国道3号・県南地域)

 平成28年4月14日21時26分、熊本地方を震央とするマグニチュード6.5の地震が発生(前震)。さらに、その28時間後の4月16日1時25分にはマグニチュード7.3の地震が発生し、益城町と西原村で最大震度7を観測しました(本震)。  延べ4,000回を超える余震による影響を含め、「熊本地震」は熊本〜阿蘇周辺地域に甚大な被害を与えました。多数の家屋倒壊や土砂災害による人的被害、電気・ガス・水道などのライフラインへの被害のほか、空港・道路・鉄道などの交通インフラにも甚大な被害が生じ、県民生活や中小企業、農林漁業や観光業などの経済活動にも大きな支障が生じました。 主要幹線道路では、南北方向の大動脈である九州縦貫自動車道が4月14日の前震段階から甚大な被害を受け、被災後2週間にわたり全面通行止めとなりました。その後も片側1車線での交通規制が続き、全線4車線で完全復旧できたのは地震発生から1年後(今年のGW直前)となりました。  また、4月16日の本震では、東西方向の生命線ともいうべき国道57号が南阿蘇村立野地点で斜面崩壊により寸断、これと接続する国道325号阿蘇大橋も崩落、さらに県道28号熊本高森線の俵山トンネルとそれにつながる橋梁群も損傷し、2〜3万台/日を超える熊本〜阿蘇間の重交通が機能麻痺の状態となりました。これに対しては、広域の迂回路(国道443号、ミルクロード、グリーンロード)の啓開を急ぎ、いずれも数日で通行可能としましたが、国道57号の現道と国道325号阿蘇大橋は、現在も全面通行止めを余儀なくされています。  と同時に、出水期(5月~)に入る直前の河川堤防も大きな被害を受けました。緑川水系及び白川水系(いずれも国土交通省管理区間)で確認した171箇所の堤防等の変状のうち、比較的変状の小さな箇所については、ひび割れの補修などの応急対策を実施し、堤体の変状が比較的大きい緑川水系緑川・加勢川の11箇所については、24時間体制で緊急的な復旧工事を実施し、概ね2週間でこれを完了しています。(なお、白川・緑川水系の河川堤防(国土交通省管理区間)の本復旧工事が全て完成するまでには、更に1年を要しました。)

(国道57号の大規模斜面崩壊と国道325号阿蘇大橋の崩落)

(平成28年4月16日付け 熊本日日新聞号外)

(国道57号大規模斜面崩壊現場を視察する(4/18早朝5:50))

 熊本地震発生後、私のプライベートはなくなりました。まさに災害復旧に追われる日々でした。暑くて長い夏でした。「休日」はおよそ半年間、これを返上することになりました。このブログ『熊本国土学』が更新されることがなかった「平成28年4月10日から9月18日まで」の間がそれに該当します。

 平成28年熊本地震におけるTEC-FORCE活動状況(国土交通省)↓ http://www.mlit.go.jp/saigai/kumamoto_action.html

 この頃(地震発生後1ヶ月ほど経って)、私は次のように考え始めていました。親友に宛てたメールが残っています。 「○○さま←森田 (前略)地震が発生して、少し時間が経って、私は次のように考えるようになりました。  平成28年4月14日・16日に熊本地震が発生することは(地球時間では)決まっていました。しかし、4月1日に赴任していたのでは準備時間が足りません。なので、平成27年12月16日付けというイレギュラーな時期に人事異動が発令されました。  おかげで、管内(県内)の市町村長、国会議員、その他関係者の方々とのコミュニケーションを予め図ることが出来ました。  また、160余名の職員の平成28年4月期人事に携わることができました。日々の業務の中で、スタッフの声に耳を傾けながら、彼・彼女らのことを知ることが出来ました。  年明け1月24・25日の(熊本では40年ぶりの)豪雪では、事務所組織の危機管理体制の課題を認識することができ、スタッフと一緒に改善の取組みに着手することが出来ました。  そして3月末には、平成27年度の予算・事業執行の締めを無事終え、4月1日からは新年度の体制をスタートさせました。  2週間が経って、阿弥陀さまは「もういいですね(準備が整いましたね)」とお考えになられたのでしょう。  4月14日・16日に熊本地震は発生しました。熊本河川国道事務所の所長は、私(森田)です。  内村鑑三はこう言っています。  「地の目的はいかん。人類を発達せしむるにあり。人類の進歩、啓発を促すために、地はいかなる特質を有せざるべからずか。(一)進歩を助けんがために、地は開拓、耕耘、運輸、交際の便利を人類に供せざるべからず。(二)啓発を助けんがためには、地は多少の障害を人類に供せざるべからず。地の配列、構造にして全く人類進歩を奨励せざらんか、人類は失望に沈んで、進まざるべし。一の障害物をも供せざらんか、進歩、簡易に過ぎて心霊の怠惰と傲倨(きょごう)とを招き、知と霊とは啓発せざるべし。適宜なる奨励と適宜なる障害とは教育上の必要にして、天が人に与うるに地をもってせしや、この特質を有する地球をもってせられたり。われらの棲息する地球は教育上絶大の価値を有するものなれば、はなはだ完全にして、全く完全ならず。すなわち、この地球は人の労力をもって初めて完全たるを得るものなり。」  私たち日本人は、此の日本という国土によって育まれてきました。此の日本列島で頻発する大規模な自然災害によって、ずっと昔から教育を受けてきました。  巨大なジグソーパズルの1ピースをしっかりと演じることが、今の私に与えられた役割です。凡庸ではありますが、要の1ピースでありたいと考えています。一人でも多くの方々が幸せになれますように。  ○○先生、○○○の皆様にも宜しくお伝えください。森田なりに頑張ってます!と。

平成28年5月 森田康夫」



国土交通省熊本河川国道事務所長 森田康夫
筆者近影:国道57号大規模斜面崩壊箇所にて   (国土交通省熊本河川国道事務所長 森田康夫)

 今回の地震では、リダンダンシー(redundancy)のある幹線道路ネットワークの必要性を痛感させられました。特に、熊本〜大分を結ぶ東西幹線軸は国道57号1本しかなく、有事の際には大きなリスクになることを改めて認識させられました。  また、南北軸では九州縦貫道がストップしたため、国道3号が大渋滞を引き起こし、機能麻痺の状態となりました。今回のように主要幹線道路が大きな損壊を受けると、人、モノの流れがストップし、経済社会的に大きなダメージを与えることになってしまう。「1本の幹線道路が通行不能になっても代替、迂回できる幹線道路が別にある」、今回の熊本地震は、そういう重層的な交通ネットワークの価値を改めて教えたのだと思います。  一方で、熊本地震による幹線道路網の長期通行止めと、厳冬期を前にした県道28号熊本高森線(俵山トンネルルート)の開通(2016年12月24日)は、南阿蘇地域の方々に、また広域的な道路利用者の方々に、道路というインフラの存在価値を改めて認識していただくきっかけとなりました。  俵山トンネルルートの開通式では、南阿蘇村の方々が手作りの旗を振って、工事関係者に感謝の気持ちを伝えてくださいました。ルート沿道の方々も、通過する車両に手を振って、開通を喜んでくださいました。「最高のクリスマスプレゼントです」と地域の方に言っていただいて、私自身、とても幸せになりました。

 九州地方整備局 阿蘇大橋の架け替えに尽力(道路構造物ジャーナル2017.03)↓ https://www.kozobutsu-hozen-journal.net/interviews/detail.php?id=1182

 また、長陽大橋ルートの開通(2017年8月27日)は、分断されていた南阿蘇村内の中心部と立野地区を直接つなげ、通勤通学や通院など村民生活の利便性を大幅に改善しました。村唯一の救急指定病院だった阿蘇立野病院は、外来診療(月曜~土曜)だけでなく、9月30日からは入院診療を再開しています。地域外での避難生活が続いていた南阿蘇村立野の長期避難世帯(357世帯)も、長陽大橋ルートの開通が大きなきっかけとなって10月31日に解除されました。マスコミ各社は、「希望への架け橋」と長陽大橋ルートの開通を報道しました。

 自然災害が頻発した「平成28(2016)年」に比べ、「平成29(2017)年」の肥後熊本は穏やかで安寧な1年でありました。また、熊本県内の出来事を振り返ってみますと、阿蘇長陽大橋ルートの開通、二重峠トンネルの着工、白川・緑川堤防の災害復旧完了、熊本市中心部の桜町再開発事業の着工、八代港国際クルーズ拠点整備事業の着工、阿蘇くまもと空港の民営化スキーム発表、熊本駅ビル・駅前広場の開発概要の発表、南阿蘇鉄道の復旧に向けた財政支援方策の閣議決定など、「平成29(2017)年」の肥後熊本は、熊本地震からの復旧・復興が実現していく「ステップアップの1年」であったと思います。  そして、こうした復旧から復興へのポジティブなモードを創り出していく上で、国土交通省(熊本河川国道事務所)が果たしてきた役割も小さくなかったと考えています。  目標であった平成29年梅雨期前までの堤防本復旧が実現し、流域住民の安全が確保された「白川・緑川堤防の災害復旧工事完了」と、平成32年度の全線開通を目標に、過去に経験したことのないようなスピードで掘削工事が進められている「国道57号北側復旧ルート・二重峠トンネル」は、その代表的な取り組みです。

(白川右岸・蓮台寺地区(熊本市)の工事完成状況)

 白川・緑川における災害復旧工事の状況(熊本河川国道事務所)↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/river/river_saigaifukkyu/index.html

(二重峠トンネル・大津側・本坑)

 熊本地震で通行不能の国道57号北側復旧ルート「二重峠トンネル」着工式(トラベル Watch)↓ https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1066208.html

 熊本地震 道路復旧状況(熊本河川国道事務所)↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/fukkyuu.html

 そして、新たにスタートした「平成30(2018)年」は、平成30年度完成・供用を目標としている「九州横断自動車道延岡線(小池高山IC~北中島IC間)」の総仕上げの年になります。また、広域観光や地域経済、そして防災・リダンダンシーといった観点から、早期のネットワーク整備が熱望されている「中九州横断道路」では、「滝室坂道路」のトンネル工事着工、大津~熊本間の環境アセスメント手続きの本格化、大分県境部(竹田~阿蘇間)の計画段階評価が進むなど、整備促進に対する県民の期待が益々膨らんでいく、そうした1年になる予定です。  あと、書き漏らしましたが、ここ熊本でも、冬期の交通確保は重要な課題。とりわけ、熊本地震による交通への影響(国道57号が南阿蘇村立野地区で通行止めなど)が残っている現在、県内の主要幹線道路(直轄国道等)の冬期道路交通確保は最優先事項の一つでした。  私が勤務する熊本河川国道事務所では、熊本地震からの復旧・復興プロジェクトをスピード感を持って進める傍ら、地域住民や道路利用者への更なる負担が生じないよう、熊本県内を縦横断する直轄国道等(300km超)の適切な管理に日々取り組んでいます。  とりわけ、国道57号大分県境「波野・滝室坂」と国道57号迂回路「ミルクロード」の2路線(除雪優先区間)の雪氷対策は、事務所全職員をあげた体制で、また県内建設関係企業の全面的な協力を得ながら、事前準備と降雪時のオペレーションを昼夜問わず遂行しました。

(グレーダーによる大型スタック車両の牽引 2018.1.22国道57号滝室坂)

 現在(今のシーズン)は、梅雨前線や台風による集中豪雨に対応するため、河川・道路とも危機管理体制の強化を図っているところです。

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 改めて振り返りますと、平成28年熊本地震による被害は、私(熊本河川国道事務所)にとって、自らの組織だけではとても対応しきれない規模と程度でしたが、国土交通本省の指導のもと、九州地方整備局が局を挙げて全面的にバックアップしてくれたおかげで、なんとか危機的な状況を乗り切ることができました。整備局が事務所と一体となって、二人三脚で災害対応に動いてくれなければ、このようにスムーズな初動対応、応急復旧~本復旧を行うことは出来ませんでした。  また、地権者の方々や関係機関(熊本県、関係市町村等)の理解と協力、工事受注者(熊本県建設業協会等)や業務受注者(熊本県測量設計コンサルタンツ協会等)各位の弛まない尽力がなければ、なし得ることはできませんでした。 そして何よりも熊本河川国道事務所スタッフの頑張り。熊本地震によって自宅が被災した者もいましたし、また、止むことなく続く大規模な余震に体調維持が困難になる者もいましたが、事務所スタッフ全員が「全体への奉仕という使命感」を持って、諦めることなく、職務に精励してくれました。  河川管理・道路管理の最前線で体を張ってくれた各出張所、24時間体制で施設管理をオペレートしてくれた管理系各課だけでなく、事務所の司令塔として広報や復旧計画の指揮を執ってくれた調査課、大規模な被災現場等で復旧工事の指揮を執ってくれた工務系各課、機械・電気通信設備の復旧に全力を挙げてくれた機械・電気系セクション、さらには、地震発生直後は兵站に、その後は職員の健康管理等に全力で当たってくれた総務課、年間400件以上にのぼる工事・業務等の新規契約事務をこなしてくれた経理課、昼夜問わず用地・補償交渉に臨んでくれた用地課など、すべてのセクションとスタッフに改めて感謝したいと思います。

 そして、これは個人的なことになりますが、今回の熊本地震災害対応に当たり、私自身のこれまでの勤務経験・キャリアパスの全てが大いに役立ちました。本省道路局勤務をはじめとする20年以上にわたる道路系セクションの勤務経験、5年間の九州地方整備局(当時は建設局)勤務、郡山国道事務所(東北地方整備局)での一回目の事務所長経験、(一財)国土技術研究センターでの幅広い研究活動、直近5年間の国総研(建設マネジメント技術研究室)勤務、熊本赴任後から地震発生までの4ヶ月間のコミュニケーション時間、これらのいずれもが熊本地震対応の前線指揮を執る私にとって極めて重要な財産となりました。これらの経験の中で育まれた人間関係を含め、これまでの30年近くになる国土交通省勤務経験が私を助けてくれました。そして、今回の熊本河川国道事務所長としての2年半の月日は、私の人生に大きな意味を持たせてくれました。

 マネジメントの視点からみた平成28年熊本地震からの復旧・復興(建設マネジメント技術)↓ http://kenmane.kensetsu-plaza.com/bookpdf/218/ai_01.pdf

 国土とインフラについて学ぶ~熊本地震を経験して~(日本橋梁建設協会)↓ http://www.jasbc.or.jp/images/imageparts/title/release/tokubetsu/2017/2017tokubetu_kyusyu.PDF

 内村鑑三は、『天職発見の途』(1913年10月10日/内村鑑三全集〈第20巻〉)で、次のように述べています。 「人よ、汝は汝の天職を知るを得るなり、汝は容易に之を発見するを得るべし。汝の全力を注ぎて汝が今日従事しつつある仕事に当たるべし、然らば遠からずして汝は汝の天職に到達するを得べし、汝の天職は天よりの声ありて汝に示されず、汝は又思考を凝らして之を発見する能はず、汝の天職は汝が今日従事しつつある職業に由って汝に示さるるなり、汝は今や汝の天職に達せんとして其途中に在るなり、何ぞ勇気を鼓舞して進まざる、何ぞだ想に耽りて天職発見の時期を遅滞せしむるや。」

 現在、私たちが享受している安全で快適な生活は、先人たちが川を治め、鉄道や道路を整備し、水資源を開発するなど、絶え間なく国土に働きかけを行うことによって、国土から恵みを返してもらってきた歴史の賜物です。  従って、現代に生きる私たちの世代も、国土に対して働きかけを続け、将来世代に対して、より良い社会基盤(インフラストラクチャー)を引き継いでいかなければなりません。  脆弱な国土を持つ「日本」だから、尚更です。

 これが私の「天職」なのだと思います。そして、この機会をいただいたことに感謝しています。

 「平々坦々たる道なりといえども、その終点は希望の町なり。感謝と歓喜の都なり。」(by 内村鑑三)

 皆さん、ありがとうございました。

(平成30年6月吉日 森田康夫)

(所長室:平成30年・春)

(熊本河川国道事務所:平成30年・春)

(熊本河川国道事務所:平成30年・春)

 熊本河川国道事務所公式ホームページ↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/

(国道57号阿蘇大橋地区斜面復旧現場:平成30年・初夏)

 熊本復興事務所公式ホームページ↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto_r/

(復旧途上の熊本城小天守・大天守・宇土櫓:平成30年・初夏)

※勇猛な戦国武将として全国に名を馳せている加藤清正公は、ここ熊本に於ては、肥後熊本のシンボル「熊本城」の築城、菊池川・白川・緑川・球磨川など全県下に亘る治水・利水工事、有明海の干拓、豊後街道をはじめとする道づくり、さらには産業の奨励保護や学問の奨励・文化の開拓に至るまで、今日の熊本の礎をつくった(偉業をなした)大恩人として称えられ、「せいしょこ(清正公)さん」という愛称で呼ばれています。

 熊本城公式ホームページ↓ https://kumamoto-guide.jp/kumamoto-castle/

(復旧途上の阿蘇神社:平成30年・初夏)

※熊本地震によって、もっと大きな被害を受ける可能性もあったのではないか、その(私たちが受けるかも知れなかった)被害を、肥後国一の宮(阿蘇神社)が身代わりになって引き受けてくださったのではないか、このように思えるのです。ありがたいことです。

 阿蘇神社公式ホームページ↓ http://asojinja.or.jp/

在熊2年半を振り返る(国土交通本省HPトピックスから)

 【平成28年4月29日】熊本地震の被災現場等を石井大臣が視察(阿蘇大橋の被災状況等の説明を受ける石井大臣) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004737.html

 【平成28年5月15日】熊本地震の影響を受けた熊本・大分を石井大臣が視察 http://www.mlit.go.jp/kankocho/topics04_000059.html

 【平成28年6月18日】熊本地震の被災現場等を石井大臣が視察 http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004816.html

 【平成28年7月14日】熊本地震の被災現場等を土井副大臣が視察(阿蘇大橋地区の被災状況等の説明を受ける土井副大臣) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004863.html

 【平成28年7月16日】熊本地震被災地の応急仮設住宅を石井大臣が視察 http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004886.html

 【平成28年8月26日】熊本地震の被災現場等を田中副大臣が視察 http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004939.html

 【平成28年9月6日】熊本地震の被災現場を末松副大臣が視察 http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004958.html

 【平成28年10月16日】熊本地震の被災現場を石井大臣が視察 http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_005039.html

 【平成28年11月4日】大野政務官が細島港(宮崎県日向市)津波防災訓練に出席し、平成28年熊本地震の被災地を視察(平成28年熊本地震の被災状況を視察する大野政務官) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_005121.html

 【平成28年12月24日】「俵山トンネルルート(県道熊本高森線)開通式」に田中副大臣が出席(テープカットの様子) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_005243.html

 【平成29年4月14日】熊本地震犠牲者追悼式に末松副大臣が出席し、平成28年熊本地震の被災地を視察(白川の復旧状況を視察する末松副大臣) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_005482.html

 【平成29年4月16日】熊本地震の被災現場を石井大臣が視察(国道57号北側復旧ルートの施工状況を視察する石井大臣) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_005483.html

 【平成30年1月7日】大分県内、熊本県内のインフラの整備状況や熊本地震からの復旧状況等を石井大臣が視察(国道57号北側復旧ルートの整備状況を視察する石井大臣) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_006044.html

 【平成30年3月3日】南阿蘇鉄道災害復旧工事安全祈願祭及び着工式に秋本政務官が出席 http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_006171.html

 【平成30年4月14日】「熊本地震犠牲者追悼式」に石井大臣が出席、熊本県内及び宮崎県内の熊本地震からの復旧状況やインフラの整備状況等を視察(九州横断自動車道(延岡線)嘉島JCT~矢部の工事進捗状況について説明を受ける石井大臣) http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_006261.html

(今回の舞台)

(2018年6月25日)


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