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峠の国盗り綱引き合戦<三遠南信連携①>

★青崩峠道路の開通による三遠南信地域の連携・交流の促進が期待されますが、貴重な地域資源として「峠の綱引き合戦」も末永く開催していただきたいと思います。


「峠」の物語~プロローグ~

 かつて「峠」は国境(くにざかい)であり、その先は異郷の地でした。峠の向こうに、何があるのか、どんな人が暮らし、どんな食べ物があるのか、そこを越えると、全く違う世界が広がっている、そんな感覚を日本人は持っていたことから「峠」という文字を作り出しました。「峠」という字は中国で作られた漢字ではなく、日本で作られた国字なのです。

 この峠の魅力を、民俗学者の柳田国男は、「峠越えのない旅行は、正に餡(あん)のない饅頭である」とも、「同じ一つの峠路でも、時代及び人の生活、季節晴雨のかわるごとに、日ごとに色々の絵巻を我々に示して尽きない」とも伝えています。


峠の国盗り綱引き合戦

毎年10月の第4日曜日、長野県と静岡県の県境・兵越峠(ひょうごしとうげ)では、信州軍と遠州軍が「国境」をかけて綱引きで対決する「峠の国盗り綱引き合戦」が行われます。信州軍は長野県飯田市南信濃(飯田商工会議所遠山郷支部)から、遠州軍は静岡県浜松市水窪町(天竜商工会水窪支部)からと、いずれも峠の麓にある地区から選出された精鋭10人のチーム同士が綱引き3本勝負を行い、勝った方が1メートル、相手方に「国境」を広げることができるというユニークな戦いです。

 旧南信濃村と旧水窪町の商工会青年部が交流を深めるために1987年(昭和62年)から始めたこのイベントも、今回(2023年10月22日)で第33回を迎えました。新型コロナの影響で中止が続いていたことから実に4年ぶりの開催となりましたが、紅葉が色づき始めた秋晴れのもと、多くの観客や報道関係者らに見守られるなか、信州・遠州両軍による熱い戦いが繰り広げられました。結果は、信州軍の勝利となり、信州の「領土」が1メートル広がりました。これで通算成績は信州軍の18勝15敗。県境は3メートル静岡側に移動していますが、「行政的な県境」には変更はありません。綱引きを終えた両軍は笑顔でお互いの健闘をたたえ合っていました。


 峠の国盗り綱引き合戦 | 信州遠山郷(遠山郷観光協会)


 10月22日(日曜日)、峠の国盗り綱引き合戦が行われました。|浜松市


 「峠の国盗り綱引き合戦」4年ぶり開催 飯田と浜松|NHK信州 NEWS WEB


 4年ぶりに遠州軍と信州軍が激突 “国境”をかけて峠の綱引き合戦 1勝2分けで長野に軍配|静岡放送SBS


 交流の輪は県境越えて 「領土」奪い合う国盗り綱引き、三河からエール|中日新聞


 【動画】いざ勝負!4年ぶり「国盗り綱引き」信州軍が勝利 飯田市・浜松市の両県境|中日新聞


 綱引き合戦 「築いた絆を強固に」浜松など関係首長ら交流|中日新聞


 長野県に海? 静岡県にリニア駅??県境で「峠の国盗り綱引き合戦」 浜松市長野・飯田市|静岡朝日テレビ



兵越峠(長野・静岡県境)


国境(くにざかい)の標示


「峠の国盗り綱引き合戦」の様子①

※3本勝負で1,2本目は引き分け。最終3本目で信州軍の大勝利!


「峠の国盗り綱引き合戦」の様子②

※信州軍の勝利を受け、「国境」の立て札を移した信州軍大将・佐藤健飯田市長(前列右)と遠州軍大将・中野祐介浜松市長(同左)。中央は行司役の森田康夫豊橋市副市長(小生も三遠南信地域のご縁にて、東三河代表として参加)。


地域の悲願、三遠南信自動車道「青崩峠トンネル」が貫通

 実はこの両地域には長年にわたる悲願があります。それは、三遠南信自動車道の要となる「青崩峠道路」事業が完成し、県境を跨ぐ国道152号の通行不能区間が解消されることです。国道152号ルート上にある「青崩峠」をは未だに自動車が通れず、先に紹介した兵越峠も狭小幅員の市道であるため、豪雨などですぐに寸断されるのが現状です。

 飯田・浜松の両市長や国会議員など多くの関係者を巻き込んだ『“地域主催”の“本気”の綱引き合戦』が毎年、交通の不便な県境の峠で行なわれているのは、この青崩峠道路の早期開通を願う、国境の人々の祈りの戦でもあったからなのです。

 三遠南信自動車道は、長野県飯田市の中央自動車道(飯田山本IC)を起点とし、愛知県東部を経由して、静岡県浜松市北区引佐町の新東名高速道路(浜松いなさJCT)に至る延長約100kmの高規格幹線道路で、一般国道自動車専用道路(国道474号)として整備が進められています。

 三遠南信自動車道を整備することで、新東名自動車道と中央自動車道を相互に連絡する高規格幹線道路網が形成されることとなり、①三遠南信地域への高速サービスの提供、②災害に強い道路網の構築、③地域医療サービス向上への支援、④三遠南信地域の交流促進・連携強化による地域の活性化の支援、といった様々な整備効果が期待されています。

 このうち青崩峠道路は、一般国道152号の長野・静岡県境の通行不能区間(青崩峠)を、延長5km弱のトンネルによって迂回する道路事業ですが、この区間は大規模断層帯の中央構造線が通り、もろく崩れやすい泥岩が多い地質で、崖崩れが発生しやすいなど、青崩峠トンネルの掘削は三遠南信自動車道全体の中で最難関な工事となっていました。しかし、様々な技術的課題を克服しながら工事が進められた結果、今年(2023年)5月に青崩峠トンネルが貫通しました。昭和58年度に事業化されてから実に40年の月日が経っての出来事でありました。

 青崩峠道路の開通によって、さらには三遠南信自動車道の全線開通によって、この地域の連携・交流はますます盛んになると思いますが、あわせて、道路(地域)の歴史を物語る「峠の綱引き合戦」が末永く開催され続けることを祈念して止みません。


 一般国道474号 三遠南信自動車道 事業再評価説明資料|中部地方整備局


 青崩峠道路/三遠南信自動車道|飯田国道事務所



三遠南信地域連携ビジョンと推進会議(SENA)

 三遠南信地域は、愛知県東「三」河、静岡県「遠」州、長野県「南信」州という県境にまたがる3つの地域で構成され、面積や人口の規模から見ても一つの県に匹敵する地域です。また、歴史的にも、天竜川の水運、塩の道、秋葉街道、東海道等を通じて、人や物資が往来し、活発な文化交流がなされ、お互いの地域発展や生活・文化の向上に影響を及ぼし合ってきました。

 こうした中、三遠南信自動車道の建設を切っ掛けとして、三遠南信地域の発展の方向性を明確に示すとともに、県境を越えた連携により、圏域を一体とした自立性の高い地域をつくりあげるため、地域住民をはじめ、大学、経済界、行政など、圏域の発展を願う関係者により、2008年(平成20年)に「(第1次)三遠南信地域連携ビジョン」が策定されています。

 また、第1次三遠南信地域連携ビジョンのテーマである「三遠南信250万流域都市圏の創造」のため、同年11月に「三遠南信地域連携ビジョン推進会議」(SENA)が設立されました。SENAは、東三河地域(8市町村、14商工会議所・商工会)、遠州地域(9市町、16商工会議所・商工会)、南信州地域(22市町村、23商工会議所・商工会)、愛知県、静岡県、長野県を構成団体として、民間団体等と連携しながら、地域間交流の促進、圏域の一体的な発展に向けて取組みを進めています。

 なお、2019年3月に策定された現行の第2次三遠南信地域連携ビジョンのテーマは「三遠南信流域都市圏の創生」で、2019年度(平成31年度)から2030年度までの12年間を計画期間、以下の「地域連携の方針」と「重点プロジェクト」を骨格として、様々な取り組みが進められています。

 前段で紹介した「峠の国盗り綱引き合戦」は、重点プロジェクト「5.中山間地域が輝くプロジェクト」に位置づけられています


 三遠南信地域連携ビジョン推進会議 SENA


 第2次三遠南信地域連携ビジョン|三遠南信地域連携ビジョン推進会議 SENA


まちなかマルシェ『三遠南信物産展』(豊橋駅南口駅前広場)

※三遠南信地域連携の取り組み。https://1484machinaka.jp/event/9086


第31回三遠南信サミット2023 in 遠州

 2023年(令和5年)10月30日、グランドホテル浜松(静岡県浜松市)を会場に、SENA主催の「第31回三遠南信サミット2023 in 遠州」が開催されました。三遠南信サミットは1993年度(平成5年度)から毎年開催されており、第31回となる今回は「地域に新たな価値の芽吹きを~"気づき"からの魅力共創~」をテーマに、3つの分科会で意見交換が行われ、全体会において新たなサミット宣言が採択されました。

 ○第一分科会:「道が拓く連携」

 ○第二分科会:「人口減少克服に向けた地域間連携」

 ○第三分科会:「魅力を創る連携(多様な主体による連携)」

 これほどまでに広いエリアを対象とした「県境を越えた地域連携」の例は全国的にも珍しいのではないでしょうか。三遠南信地域では、三遠南信自動車道の整備を切っ掛けとして、産業、文化、防災など幅広い分野の連携が進められています。


 第31回三遠南信サミット2023 in 遠州 特設サイト|三遠南信地域連携ビジョン推進会議 SENA


 三遠南信サミット|三遠南信地域連携ビジョン推進会議 SENA


 開通に対する期待反映 三遠南信サミット「道路の整備効果最大限に」|南信州新聞


 行政や経済、学術機関など一堂に 第31回三遠南信サミット2023 in 遠州|東日新聞


 浜松で「三遠南信サミット」、道路全通見据え連携議論|日本経済新聞


 「三遠南信サミット」団結の思い新たに 浜松でサミット、関係人口拡大など宣言|中日新聞


第31回三遠南信サミット2023 in 遠州①


第31回三遠南信サミット2023 in 遠州②


「峠」の物語~エピローグ~

 今回紹介した「青崩峠」は、信州から秋葉大権現に通じる「秋葉街道」のルート上に位置し、江戸時代には、地域の人々の日常的な行き来だけでなく、秋葉詣や善光寺詣の人々が往来する街道の峠でありました。また、この街道は、信州と遠州間の生活物資を運ぶ主要道路でもあり、遠州相良港から陸揚げされた、主に瀬戸内海産の塩がこの街道を通って青崩峠を越えて信州の諏訪方面に運ばれたことから、「塩の道」とも呼ばれていました。現在、青崩峠は、遠州側は静岡県指定史跡に、信州側は飯田市指定史跡にそれぞれ指定され、文化財保護の対象になっています。

 このように、南信州と遠州の国境を跨ぐ地域では、先人達が険しい地形を克服しながら、各時代の要請に応えて所要の道路を整備することで、地域住民の生活の快適性・安全性を確保するとともに、地域内外の交流・連携を促進し、地域の発展を実現してきました。

 現在建設中の青崩峠道路を含めると、近々(そう遠くない将来)、長野・静岡県境を跨いだこの地域には、秋葉街道(塩の道)青崩峠、兵越峠(飯田市道南信州156号線・浜松市道水窪白倉川線)、三遠南信自動車道・青崩峠道路(トンネルルート)という新旧3本の道路が存在することとなり、時代とともに変遷する道路の歴史に直接触れることができる、非常に興味深い場所になることが期待されます。

 そのためにも、国境にある遠山郷や水窪地区には、魅力ある地域であり続けていただきたい、歴史・文化的価値の高い観光・交流の目的地であり続けていただきたいと思います。トンネルルートが開通して、交通の便が良くなっても、決して「通過点」になってしまわないように・・・。その大きな切っ掛けとして、冒頭に紹介した「峠の国盗り綱引き合戦」は貴重な地域資源になるものと考えます。

 柳田国男は峠について、「言うまでもないが峠の閉塞のために、山村地方の受くべき経済上の影響は非常に大である。山が深ければ農業一方の生活は営まれぬから、人をへらすか仕事を作るか、とにかく陣立を立直さねばならぬ。昔から山村に存外交易の産物が多かったのは、正に道路の恩恵であった。袋の底のようになってから、更に里の人と利を争うのはさぞ苦しいことであろう」と、新しい道路や鉄道が開通した後の旧道の峠(地域)の衰亡を憂いていました。

 「トンネル」が出来たことで、「峠」が失われてしまうことのないよう・・・切に望むものです。


 三遠南信自動車道 青崩峠道路パンフレット|飯田国道事務所


 青崩峠/文化財保護いいだ|飯田市


 青崩れ 徳川家武田家/水窪よろずばなし|水窪情報サイト(水窪観光協会)



(今回の舞台)



(2024年11月12日)


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