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三河地震の記憶<愛知の歴史災害⑥>

★岡崎平野南部や三ヶ根山地周辺には、最大震度7の局地的な大被害をもたらした「三河地震」の痕跡や、地震による犠牲者を慰霊した碑が数多く残されています。

 

 このたび石川県の能登地方を震源とする「令和6年能登半島地震」によりお亡くなりになられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、被災者の救済と被災地の復興支援のためにご尽力されている方々に深く敬意を表します。

 被災地では余震が続き、多くの方が不自由な生活を強いられ、刻々と変わる状況に不安な日々を過ごされていることに胸を締めつけられる思いです。平成28年熊本地震を経験した者の一人として、被災された皆様の安全と一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

 

 シリーズ<愛知の歴史災害>の最終回は、1945年(昭和20年)1月13日に発生した「三河地震(M6.8)」。今回の「令和6年能登半島地震」と同じ内陸直下型地震の典型例で、岡崎平野南部や三ヶ根山地周辺に最大震度7の局地的な大被害をもたらしました。地震による死者数は2,306人を数え、その死因については、他の内陸直下型地震と同様に家屋倒壊による圧死者が多かったと考えられています。

 この約1ヶ月前に発生した昭和東南海地震昭和東南海地震の記憶<愛知の歴史災害⑤と同様に、この時も政府によって地震に関する資料は極秘とされ、戦時報道管制の下、被害に関する報道は厳しく規制されました。

 三河地震による地表地震断層は、ほぼ原状のまま残っている地点が幾つも現存し、大地震発生を示す貴重な題材として(地形・地質・測地・地震学的データを検証できる数少ない実例として)活用されています。

 

 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(1944 東南海地震・1945 三河地震)|内閣府防災情報のページ

 

 痕跡、教訓から学ぶ(4/5頁)|中部災害アーカイブスウェブサイト(中部地域づくり協会)

 

 Map4(三河地震)/災とSeeing|名古屋大学減災連携研究センター

 

 三河地震探索ドライブルート/見てみよう!歴史災害記録と旬のあいちvol.38|名古屋大学減災連携研究センター

 

 深溝断層/見てみよう!歴史災害記録と旬のあいちvol.33|名古屋大学減災連携研究センター

 

 本光寺/見てみよう!歴史災害記録と旬のあいちvol.02|名古屋大学減災連携研究センター

 

 形原神社/見てみよう!歴史災害記録と旬のあいちvol.09|名古屋大学減災連携研究センター

 

 安城市内の慰霊碑/見てみよう!歴史災害記録と旬のあいちvol.47|名古屋大学減災連携研究センター

 



 


深溝断層①(幸田町深溝)

※三河地震は、断層の西側および南側が隆起する「逆断層運動」と、地盤が互いに左側へすれ違うように移動する「左横ずれ運動」が生じたことにより発生したと考えられており、ここ(幸田町深溝)では最大で落差約1.5m 、左横ずれ約1mが生じている。

 


深溝断層②(幸田町深溝)


深溝断層③(幸田町深溝)



 本光寺と三河地震で崩壊した土塀(幸田町深溝)

※幸田町の本光寺には、三河地震により発生した「東廟所土塀の崩壊被害」が当時のまま残されており、地震による揺れの強さを現在に伝えている。


形原神社とわすれじの碑(蒲郡市片原町)

※蒲郡市に鎮座する形原神社には、三河地震の惨状を後世に伝える「わすれじの碑」が建てられている(三河地震から32年目、33回忌となる1977年1月13日に建立された)。


米津町蓮台墓地の慰霊碑(西尾市米津町)/和泉町向共同墓地の震災死歿者精霊碑(安城市和泉町)

※三河地震を引き起こした深溝-横須賀断層に近く、地盤の緩い平野部に位置する西尾市や安城市南部には、三河地震による犠牲者を慰霊した碑や史跡が数多く残されている。


(今回の舞台)

 

(2024年1月07日)

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