

『碑に込められた願い』島原大変肥後迷惑
★寛政4年(1792)に生じた普賢岳の火山活動により前山(眉山)が崩壊し、それにより引き起こされた大津波は肥後の有明海沿岸地域にも甚大な被害をもたらした。八代平野を干拓した鹿子木量平は、ここでも大いに活躍している。 225年前の今日(寛政四年四月一日、西暦1792年5月21...


日本遺産「菊池川流域 今昔『水稲』物語」と冨田甚平
★日本遺産に認定された「米造り、二千年にわたる大地の記録~菊池川流域 今昔『水稲』物語~」のストーリーにも出てくる菊池市出身の農業技術者「冨田甚平」は、私財をなげうって湿田を乾田に変える「暗渠排水技術」を開発した。 【日本遺産認定/菊池川流域 今昔『水稲』物語】 ...


日本最古の水道「轟泉水道」
★轟泉水道は、寛文3(1663)年完成の現存する日本最古の石管上水道。轟水源から宇土城下町まで総延長約4,800m、標高差5mの区間には、塘や桝等の技術が駆使されている。 「平成28年熊本地震」は熊本~阿蘇周辺地域に甚大な被害を与えた。多数の家屋倒壊や土砂災害による人的被害...


宗像堅固と「釜の迫の堀切り」(天草)
★道徳教育用郷土資料『熊本の心』に採録されている『白魚の来る川』の主人公・宗像堅固。私財を投入して完成させた「釜の迫の堀切り」は、地域の人々の豊かな生活を担保するものであった。 【道徳教育用郷土資料『熊本の心』から】 『白魚の来る川』-小学校3・4年- ピチッ。ピチッ。...


天草五橋と『橋にかけた夢』
★天草五橋は開通以来、九州屈指の広域観光ルートとして、また、生活道路、産業道路、命の道など、地域の様々な活動を支える生命線として大車輪の活躍をしてきた。地元出身の森慈秀(元熊本県議会議員・元大矢野町長)等の四半世紀にわたる尽力のおかげである。 【天草五橋の役割】 ...


九州自動車道の価値と熊本地震
★熊本地震の復旧工事のために車線規制が続いていた九州自動車道が4月28日、全線4車線で交通解放された。主要幹線道路が大きな損壊を受けると、人、物の流れが滞り、経済社会的に大きなダメージを与えてしまう。熊本地震は重層的な交通ネットワークの必要性を改めて教えた。...


「緑川の日」一斉清掃と流域復興イベント
★4月29日は「緑川の日」。緑川流域各地で一斉清掃が行なわれると共に、本部会場(嘉島高田みんなの広場)では「流域復興イベント」が開催され、多くの人で賑わった。熊本地震で大きな被害を受けた緑川堤防の復旧も、梅雨期前までの完成を目標に進められている。...


横島干拓(玉名)の歴史
★明丑・明豊・大豊開の堤防は、高さ5~6mの石積堤防が約4kmも連続し、壮大な景観を呈している。干拓の歴史(先人達による国土への働きかけの歴史)を伝える貴重な土木遺産である。 熊本県には「八代郡築干拓」(<第56回>参照)と並んでもう一つ有名な干拓地がある。玉名市にある「横...


熊本地震から1年
★熊本河川国道事務所では、地域の期待に応えることができるよう、九州地方整備局(本局)、熊本復興事務所、国総研、熊本県、関係市町村などと連携して、引き続き全力で災害復旧事業に取り組んでまいります。 平成28年4月14日21時26分、熊本地方を震央とするマグニチュード(Mj)6...


八代郡築干拓事業と『さよならの写真』
★明治時代、大規模な郡築干拓事業を指揮したのは当時の八代郡長・古城弥二郎。弥二郎は、いまでも郡築の生みの親として慕われており、彼の造った広い農地では先達に感謝しながらトマトやメロン、い草などが栽培されている。 トマト、キュウリ、スイカ、イチゴ、メロン栽培などの園芸農業やイグ...