高森阿蘇神社と風鎮祭
★260年来の伝統を持つ、阿蘇高森の夏の風物詩「風鎮祭」が今年も8月18~19日にかけて開催された。最初の行事(祭事)・五穀豊穣祈願祭の舞台「高森阿蘇神社」は、高森町の鎮守の神で、健磐龍命ほか阿蘇十二神を祀る。 南郷谷の中心・阿蘇郡高森町には、風を鎮め、五穀豊穣を願う「風鎮...
大宮神社と山鹿燈籠祭
★第十二代景行天皇の筑紫御巡幸に由来する大宮神社。「浴衣姿の女性が金灯籠を頭にのせ踊る」伝統とロマンにとんだ民俗行事の様相は幻想的で圧巻という他はない。 熊本県北部の温泉地、山鹿の中心部に鎮座する大宮神社は、古くから氏神様・産土大神として地域の人々から篤い信仰が寄せられてい...
熊本市街地発展の歴史(城下町から軍都、新市街を経て桜町再開発へ)
★初代肥後熊本藩主・加藤清正公によって造られた「城下町・熊本」の武家屋敷跡地は、「軍都・熊本」の山崎練兵場、近代熊本の「新市街」としての活用を経て、現在、平成31年(2019年)夏のオープンを目標に「桜町地区再開発事業」が進められている。 【災害復旧工事が進む熊本城】 ...
近代熊本と学校教育
★「熊本洋学校」や「済々黌」など、個性ある熊本の中等教育は地域指導者を育成し、小泉八雲や夏目漱石が教鞭をとったことでも知られる「五高」は、熊本社会の文化の向上に多くの寄与を果たしてきた。 近代国家の形成にあたり、きわめて重要な役割を果たしてきた基盤(=インフラ)として、ハー...
阿蘇神社御田植神幸式
★阿蘇神社で最大の神事「御田植神幸式」通称「おんだ祭」が熊本地震に負けず、例年通り催行された。阿蘇の祭神4体が神輿に乗って稲の生育具合をご覧になられ、五穀豊穣が祈られた。 7月28日、阿蘇神社(阿蘇市一の宮町宮地)で、同社最大の神事「御田植神幸式」(通称「御田祭」)が催行さ...
本妙寺と頓写会大法要
★熊本地震の影響で、今年の「頓写会」も夜店の出店はなく、法要のみが行われた。加藤清正公が築城した「熊本城」が復旧し、清正公を祀る本妙寺「頓写会」の賑わいが戻ったとき、本当の意味での熊本地震からの復旧が完了するのではと思う。その日が1日でも早く来ることを、願ってやまない。...
肥後の鉄道は、明治二十四年に来ました
★北九州市、福岡市、熊本市などの大都市を結ぶ九州随一の重要幹線「鹿児島本線」と、天草への観光ルートとしても脚光を浴びている「三角線」。開通当時は、熊本県の海の玄関口「三角西港」へのアクセス鉄道、熊本県内(九州管内)の「物流の要」として期待されていたという歴史を持つ。...
遠山弥二兵衛と「湯の口ため池」の物語(山鹿市の国土教育)
★山鹿市三玉の蒲生地区にある「湯の口ため池」は、今も地域にとって欠くことの出来ない農業インフラである。毎年四月四日には、ため池を造り、干ばつを防いだ遠山弥二兵衛の功績と水の恵に感謝するため、遠山神社で例祭が営まれている。...
豊前街道、三池往還の今昔
★北九州市から、福岡市を経て福岡県西部・熊本県西部を縦貫し、熊本市に至る近世の「豊前街道」ルートは、古代~中世は西海道を代表する「官道」として、現在は九州自動車道や国道3号が通る「九州の背骨」として、歴史的な時間軸で重要な役割を果たし続けている。三池往還には、激戦地「田原坂...
6・26白川大水害の記憶
★「昭和28年・白川大水害(6.26水害)」の被害は、死者行方不明者422人、家屋浸水31,145戸、橋梁流出85橋にのぼった。現在、白川の河川整備は、この過去最大規模の洪水に対応することを目標として進められている。今年からは、白川の氾濫も視野に入れた関係機関連携の新たな取...