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矢作川用水と羽布ダム<三河国土学⑬>

★矢作川用水の要「羽布ダム(三河湖)」は、農業用利水ダムとしてだけでなく、地域振興に資する観光スポットとして、また建設に尽力された先達・川合好太郎氏の業績を学ぶ郷土学習素材としても大きな役割を果たしています。

 

矢作川の利水のあらまし

 西三河地域(矢作川水系)の利水が今回のテーマ。碧海台地(矢作川右岸)を灌漑するために明治時代に開かれた「明治用水」と「枝下用水」のことは、これまでのブログで紹介してきたところですが、矢作川左岸の沖積低地部(岡崎市や西尾市域)では、江戸時代の初期から井堰による田畑の灌漑が行われ、昭和の初期までに大小あわせて28の用水が整備されていました。

 これは、豊臣秀吉の命を受けて岡崎城主田中吉政が行った矢作川中流域西部・南部の河道一本化工事や、徳川家康の命を受けて実施された矢作新川の開削によって、矢作川の流路が固定され、矢作古川流域や新川河口部において新田開発が進められてきたことを指しています(こちらも、過去のブログで触れてきたところです)。

 

 

 しかし、沖積低地部の耕地面積の拡大や乾田化に伴う用水需要量の増大は、明治用水・枝下用水の開発による上流域での大規模な取水と相まって、矢作川流域での深刻な水不足を顕在化させることとなりました。

 この問題を解決するため、昭和27年度~37年度にかけて実施されたのが「国営矢作川農業水利事業」で、矢作川の支川・巴川上流に「羽布ダム」が建設されました。また、砂利採取等に伴う河床低下(従来の28箇所の取り入れ口では取水できなくなるという問題)に対応するため、昭和38年度~53年度にかけて「国営矢作川第二農業水利事業」が実施され、安定的に用水を取り込む頭首工(細川・乙川・鹿乗川・吉良古川)と、その水を合理的に送る幹線水路「矢作川用水」が整備されました。

 さらに、都市化よる水需要拡大に対応するため(西三河地方の安定した地域発展を支えるため)、昭和46年には矢作川上流に多目的ダム「矢作ダム」が建設され、これを水源として西三河北部及び南部の水田及び畑地帯へ用水を補給するために、岩倉取水工や幹線水路「矢作川総合用水」が整備されています(国営矢作川総合農業水利事業)。

 

 三河の恵み-矢作川の流れ/地域の礎|水土の礎( (一社)農業農村整備情報総合センター)

 

 新矢作川用水農業水利事業/地域の礎|水土の礎( (一社)農業農村整備情報総合センター)

 

 愛知県内の大規模農業水利事業|愛知県

 


 

乙川頭首工(岡崎市乙川)


矢作川用水緑道(豊田市配津町)


矢作川用水受益地(豊田市上郷町)

 

「羽布ダム」と観光(インフラツーリズム)

 矢作川用水の要「羽布ダム」は、1963年(昭和38年)3月に巴川上流の下山村(現豊田市)に農業用の利水ダムとして建設された重力式コンクリートダムで、1997年(平成9年)からは岡崎市の上水道(一部)としても利用されるようになり、さらに2016年(平成28年)12月からは農業用水を利用した発電も行われています(羽布ダム小水力発電施設)。

 また、愛知高原国定公園の玄関口に位置する羽布ダムの貯水池は、「三河湖」の愛称で親しまれ、「ダム湖百選」にも選ばれており、四季を通じて、アウトドアスポーツなどを楽しむことができる観光スポットとして地域振興面でも大きな役割を果たしています。

 

 矢作川利水総合管理・羽布ダム管理所概要/西三河農林水産事務所用水管理課|愛知県

 

 羽布ダム|ツーリズムとよた(愛知県豊田市の公式観光サイト)

 

 羽布ダム/ダム便覧|日本ダム協会

 

 三河湖/ダム湖100選|水源地環境センター

 

羽布ダム(豊田市羽布町)


三河湖(豊田市羽布町)


羽布ダムカレー(香恋の里)

 

「羽布ダム」と教育(郷土学習)

 羽布ダム建設の物語は、豊田市の学校教育現場(小学4年生の社会科・郷土教育の単元)において、「川合好太郎と羽布ダム」というタイトルで教材化されおり、旧下山村の発展と西三河全体の利益を考えた川合好太郎の業績や羽布ダム・三河湖の役割について学ぶことができます。

 川合好太郎は、1902年(明治35年)旧下山村羽布に生まれ、1940年(昭和15年)から村議会議員として、とりわけ1951年(昭和26年)~1962年(昭和37年)までの11年間は、羽布ダム建設対策委員会委員長として、地域の保全・開発と羽布ダムの建設に貢献された先達です。ダム完成後も、当時の県知事から「三河湖」の名前を付けてもらい、ダムを観光に生かすなど尽力されました。現在、三河湖の湖岸には川合好太郎の顕彰碑が建てられています。

  豊田市立豊松小学校のホームページでは、「市内の下山地区にある羽布ダムがどのようにして作られたか勉強し、日照りによって作物が育たず困っている人と、生まれ育った村を守りたいという人のどちらも幸せになれるよう努力した川合好太郎さんの思いを知りました」と紹介されています。

 

 2/17 羽布ダムを造った人々(4年生 社会科)|豊田市立豊松小学校のホームページ

 

(今回の舞台)

 

(2024年01月28日)

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