top of page

近世・西尾のインフラ整備<三河国土学③>

★吉良荘があった西尾市には、家康公や吉良氏が郷土・三河に働きかけてくれた成果(功績)が現在も残されています。


吉良荘と西尾祇園祭

 矢作川の河口に位置する西尾市は、かつては吉良荘と呼ばれ、鎌倉時代から戦国時代まで約340年間にわたり、この地の地頭職を務めた清和源氏足利氏の流れを汲む「吉良氏」とともに発展してきました。しかし、三河統一を遂げた徳川家康に敗れて以降、吉良氏は没落。これ以降の吉良氏は、江戸幕府から高家の家格を得て、幕府の儀典関係を取り仕切る家として存続することになります。


 吉良氏800年の歴史散歩 | 観光 - みかわこまち


 吉良義昭 | 歴史 - みかわこまち


 江戸時代に入って、西尾の地は徳川氏に縁のある大名家(本多氏、松平氏、太田氏、井伊氏、増山氏、土井氏、三浦氏、大給松平氏)が治めることとなり、これらの西尾藩主のもとで城下町の整備や領国経営が行われました。

 毎年7月に開催される「西尾祇園祭」は、疫病や災厄除けを祈念する伊文神社の祭礼として長い歴史を持っており、明治維新に及ぶまで歴代藩主の奨励を受けてきました。


 西尾市歴史公園|西尾市


 西尾祇園祭|西尾市観光協会


 西尾祗園祭 公式サイト|西尾市・西尾市商工会議所


 伊文神社 公式サイト


御剱八幡宮、伊文神社、西尾城本丸丑寅櫓、鍮石門(西尾市)


西尾祇園祭(2023年7月15日)


家康公による矢作新川開削とその効果

 西尾市には、三河統一前の家康が抵抗勢力と戦い、また天下統一を目指す家康が鷹狩りで心身を鍛えた史跡がいくつも残されています。インフラ面では、1605年(慶長10年)に家康が米津清右衛門に命じて、下流の台地を開削して、今の矢作古川から川を付け替え、現在の矢作川の川筋を概成させたことを最大の功績として挙げることができます。

 徳川家康による矢作新川の開削については過去のブログ西三河を育んできた矢作川の流れ<三河国土学①>で取り上げたところですが、これによって矢作川下流域の治水安全度が向上しただけでなく、当地域の発展に大きな寄与がありました。

 一つ目は矢作川(新川)河口部の新田開発。新川の開削によって、河口近くの入り海は、上流から流れてくる土砂のため遠浅になり、これを利用して新田開発が次々と行われました。市川新田、新実新田、西小梛新田、小栗新田、奥田新田など、この地域では幕府から開発許可を得た町人(大商人)による新田開発が盛んに行われました。

 二つ目は矢作川水運の発展。新川の開削によって、河口部に平坂港が開かれ、矢作川は岡崎を中心とする西三河地方と信州を結ぶ重要な内陸交通路となりました。三河湾沿岸で生産された塩は、平坂港や大浜港(碧南市)から川船で途中の岡崎にある塩座を経由し、馬で足助(豊田市)の塩問屋まで送られ、さらに信州まで運ばれていました(=「塩の道」)。また、上流からの年貢米は、川船で下り、平坂港から江戸へと運ばれました。


 徳川家康ゆかりの地 西尾 ~歴史散策MAP~|西尾市観光協会


 西尾の歴史|西尾市


堤防の上から見た西小梛新田(西尾市西小梛町)


平坂港の入江(西尾市平坂町)


吉良上野介と富好新田開発

 西尾市縁の歴史的人物として、赤穂浪士討入り事件(『忠臣蔵』の仇役)で有名な吉良上野介義央を挙げることができますが、義央公は地元では数々の善政を敷いた名君であったと言い伝えられています。【※史実であったか否かについては議論があるようです】

 そのエピソードの一つが「富好新田の開発」。義央公の夫人富子が眼病を患った際、身延山久遠寺(山梨県)七面堂に参詣したところ全快したので、義央はこれに感謝して矢崎川河口約90町歩(90ha)の海を干拓して新田を築き、富子に因んで富好新田と名付け、大天女を氏神として祀ったといわれています。


 吉良上野介公を巡る旅|西尾市観光協会


 木像七面大明神(大天女)|西尾市


 日蓮宗 青鳥山 真正寺


富好新田(西尾市吉良町)


真正寺にある富好新田碑文(西尾市吉良町)


黄金堤の築堤

 もう一つのエピソードが「黄金堤の築堤」。義央公は水害から領地を守るため、領民とともに長さ約180メートル、高さ約4メートルの堤防を一夜で築いたとのことです。その後は水害がなくなり、良田となったことから、人々はこれを「黄金堤(こがねづつみ)」と呼んで、義央公の遺徳をたたえています。


 黄金堤|西尾市観光協会


黄金堤と石碑、吉良義央公像(西尾市吉良町)

※赤馬に乗って領内を巡視したという逸話が残る。


吉良家墓所(華蔵寺/西尾市吉良町)


 吉良荘があった西尾市には、家康公や吉良氏が郷土・三河に働きかけてくれた成果(功績)が現在も残されています。


(今回の舞台)



(2023年08月27日)

最新記事
アーカイブ
​カテゴリー
​熊本国土学 記事一覧
bottom of page