top of page

熊本県の地象・気象特性と冬期道路交通確保

★明治初頭、熊本の近代教育の礎を築いたアメリカ人L.L.ジェーンズが驚愕した肥後熊本の自然力の暴威。この厳しい地象・気象と向き合いながら、私たちはインフラの適切な整備・管理に努めている。

【L.L.ジェーンズが体験した熊本の地象・気象】  1871年(明治4年)開校の「熊本洋学校」設立のために招聘され、熊本の近代教育の礎を築いたアメリカ軍人L.L.ジェーンズ(Leroy Lansing Janes、1838 - 1909年)は、著書『ジェーンズ 熊本回想』(熊本日日新聞社)において、熊本の地象・気象と日本人について、次のように語っている。  「火山・地震・台風といった熊本地方独特の自然現象は、私の熊本時代の経験のなかでも特に印象深く、私の考えでは、これらの自然現象は当時の人々の心の中にしみ込んでいた宗教心に勝るとも劣らぬくらい、国民性形成のうえに大きな影響を与えたものと思う。そこで、そうした現象とその受けとめ方およびそれと宗教心とのかかわり、といった問題を考えてみたい。  事実、阿蘇の火山や地震への恐怖、雷や台風への不安といったものは、神道や仏教、そして当時進出しつつあったいくつかの宗派のキリスト教と、その個人および国民全体の精神形成に及ぼす影響は、非常に似たものではなかっただろうか。特に、それらが人間の感覚や感情に及ぼす必ずしもよいとはいえない作用、つまり<人間の生命の尊厳や、(台風などの危険や苦難に対する)人間的な努力や忍耐といった高度な感覚を全く排除してしまう>作用を及ぼしていた。平たく言えば、そのどちらも、人間を萎縮させる結果にしかなっていなかったと思う。  結論から先に言えば、宗教については、その真実の姿が民衆の間に定着しておらず、また自然現象については、その背後の真理を見通す科学的な知識が民衆の間になかったからである。  <肥後あるいは火の国という地名そのものが、不気味な自然力を暗示している。この国のまさに中心に広大な火成岩の隆起があり、そこに、常時活動を続けている世界最大といわれる噴火口と外輪山がある。また肥後の海岸に沿って、夜光を発するという珍しい自然現象=不知火=も見られ、この国の地名の由来をそこに求める人もある>そしてこの活動してやまない肥後の自然の姿は、南は薩摩の開聞岳、北は豊前の英彦山、さらに西は肥前の雲仙岳といった全島火山に覆われた九州の象徴であった。  <この地球の内部から噴き出す火山の噴煙を絶えず見ているということが、個人や住民全体にどのような影響を及ぼしたかということを推量することは容易ではない。熊本からわずか二十マイル(三十二キロ)かそこらの距離にあって、近隣の山々を圧してそびえ立ち、その噴煙の柱は天まで届き、その鉛色の巨大な舌のような煙が天をなめるさまは、昼も夜も熊本からよく見えた。そこに住んだ私の経験から言えることは、そうした自然をいつも見ている人の心に、ある一つの感情が絶えず刻みこまれる、ということである。つまりそれは-地上のあらゆるものの基盤、あらゆる人間の営みの基盤そのものが、無常なものであること、人間そのものの無力さと相対的な無意味さ、人間の命のはかなさと無価値-こういった感情を人の心に刻みこまずにはおかなかったと思う>  このため人々は超自然的な宗教に依存するほかに逃れるすべもなく、またすべての無意味な迷信もそこに由来しているのである。この点キリスト教は「怒りの日」という賛美歌にもっともよく表れているように、「最後の審判」という考え方や、キリストという救い主の存在によって、教義的には不断の呵責からの救いの道が用意されている。  <特別に活動的な時に、阿蘇の噴火口から出るもうもうたるほこりと灰と煙のために太陽がかげり、熊本で昼間でも明かりをともさなければならないことが再々あった。また山の風下にあたる畑の作物は、いく度となく埋もれ、畑の境目すら見分けがつかなくなる始末であった。一八七四年(明治七)熊本市内で三日間暗黒の日が続き、灰と灰にまみれた軽石の雨が通りを埋め、またその軽石はゴーゴーとうなり続ける噴火口から二十マイル以上も離れた市内の屋根屋根=草ぶき屋根=を突き通した>  またこの地方を常時襲う雷もすさまじいものであった。<その時空は稲妻の洗礼を受けるばかりでなく、耳を引き裂くような雷鳴がとどろきわたるなかで、いわば空それ自体が震動する火の塊になった。親たちは思わず子供たちをかばいながらも心配し、恐れた。そのような時、この国の住民がしたことは、ただ布団の中に逃げこみ、その下に隠れ、悪魔の声のような雷鳴を聞かないですむように耳をふさぐばかりだった>彼らは体を縮めて哀れな格好で、雷神の怒りが静まるように、クワバラクワバラと唱えていた。  また、地下における雷神の怒りとでもいうべき地震も、何十回となく経験した。海上における二度にわたる台風の経験についてはすでにこの回想の冒頭近くで述べた通りである。  もちろん、その後もたびたび台風を経験した。ただ、それ以後は堅牢な教師舘という避難所のお陰で心配はしなくてすんだけれども・・・・。しかし台風の威力に相違があるわけではなく、そのさなか、人は家の中に身を潜めていて、台風の好餌というべきワラぶき屋根が押しつぶされて、その下敷きになった人も多く、ある時の台風では、熊本の町だけで一時に三百五十人以上の死者が出たといわれる。  そのなかで人々は、その原因を“超自然的な神の怒り”と考え、それを静めるためにただ無意味な祈りと儀式に頼るほかなかったということは不幸なことであった。しかし、人間の知性を真理に向かわせる契機は、身のまわりに満ちていたのである。自然力の暴威も、それにめげず人間が努力すれば、やがてその背後にある大きな真理を知ることができるのである。」 ※< >内は逐語訳。  アメリカ東海岸(オハイオ州)出身のL.L.ジェーンズにとって、熊本(日本)の地象・気象は、驚愕に値するものであったに違いない。彼の故郷では、このような自然の暴威は発生することがないのだから・・・。

 熊本洋学校とジェーンズ(熊本県観光サイトなごみ紀行)↓ http://kumanago.jp/benri/terakoya/?mode=059&pre_page=3

【自然災害に翻弄された2016年】  熊本に来て2年しか経っていない私も、一世紀半年前のL.L.ジェーンズと同じような(あるいはそれ以上の)経験をすることとなった。1月の【約40年ぶりの大寒波・大雪】に始まり、4月の【最大震度7を2回観測した熊本地震】、6月の【梅雨前線による記録的大雨。甲佐町で全国歴代ランキング4位の150.0mm/hを観測】、そして10月の【36年ぶりに阿蘇山中岳が爆発的噴火】と、「2016年(平成28年)の熊本」は正に自然力の暴威を見せつけられた1年であった。  「平成28年熊本地震」は記憶に新しい。このブログでも、幾度となく取り上げてきたが、熊本地震からの復旧・復興はまだまだこれからである。熊本地震から半年後に起きた「阿蘇山中岳の爆発的噴火」も発生直後のインパクトは大きかった。

(熊本地震 国道57号・南阿蘇村立野地区 被災状況)

(阿蘇山中岳噴火 阿蘇市一の宮地区 降灰状況)

 京都大学大学院の鎌田浩毅教授によると、熊本地震と阿蘇山噴火の間には密接な関係があるようだ。まさに、「熊本の地象」を象徴する出来事に私は出くわしたこととなる。  「我が国は先進国でも屈指の地震国であり、全世界で起きる地震の一〇パーセントが日本列島で発生している。一六年四月、内陸地震としてきわめて大きいマグニチュード七・三の地震が熊本地方で起きた。直ちに「熊本地震」と命名されたが、その後も熊木県内では直下型地震が頻発し、さらに南西方向の海域と北東の大分県にまで震源域が拡大している。  熊本地震の震源地は、熊本市と大分市を結ぶ「大分-熊本構造線」の布田川断層帯と日奈久断層帯が接している場所だ。どちらも南北方向に動いてきた第一級の「活断層」である。この近辺は日本有数の温泉地帯としても有名だが、温泉とは、マグマの熱によって温められた地下水が断層を通路として地表に湧き出したもの。我われが愛好する温泉と、火山という脅威が密接なことを改めて感じる。  また、この地域は六〇〇万年前から地震と噴火を繰り返してきたことが地質調査で判明し、「豊肥火山地域」とも呼ばれている。ちなみに、この名称は私が三〇年前に書いた博士論文に由来するが、よもやその活動が目の前で起きるとは想像もしなかった。 熊本地震は震災関連死も合わせて二五〇人以上の犠牲者を出したが、厄介なことに、豊肥火山地域の地殻変動は長期にわたって地震と噴火が連鎖することがわかっている。 たとえば熊本地震が起きた半年後、一六年十月に、阿蘇山中岳の第一火口で三六年ぶりの爆発的噴火が始まり、噴煙が高度一万一〇〇〇メートルに達した。今後は大分-熊本構造線沿いの地震活動とともに、豊肥火山地域の内側にある、阿蘇山・九重山・鶴見岳といった活火山の噴火を警戒しなければならない。」(中央公論2018年2月号、『日本は今、一〇〇〇年に一度の「大地変動の時代」に 大型地震と火山噴火に備えよ』(京都大学大学院教授・鎌田浩毅))

 一方で、「熊本の気象」を象徴する出来事が「6月の梅雨前線による豪雨」。6月18日に九州南岸にあった梅雨前線が、19日にかけて九州北部まで北上し、梅雨前線の南側にあたる地域では、東シナ海から暖かく湿った空気が流れ込んだ。このため、大気の状態が非常に不安定となり、発達した積乱雲が次々と流れ込み大雨となった。20日から22日にかけても前線活動が活発となり、断続的に大雨が継続した。6月21日には、上益城郡甲佐町では観測史上1位となる最大1時間降水量150.0mmを観測、これは気象庁全国歴代ランキングでも4位の記録となった。  なお、この梅雨前線による6月6日~7月15日までの豪雨災害(全国)は激甚災害として指定されたところであるが、熊本県の上益城・下益城郡(美里町、御船町、甲佐町、山都町)等では、熊本地震で地盤が緩んだ上に、激しい降雨が追い打ちをかけ、土砂災害による被害規模が甚大なものとなった。

平成28年6月19日から23日にかけての熊本県の大雨について(熊本地方気象台)↓ http://www.jma-net.go.jp/kumamoto/kakusyusiryou/H28.0619-23_saigaijikishosiryo.pdf

(梅雨前線豪雨 一級河川・白川明午橋 出水と流木の状況)

 そして、「熊本の気象」を象徴するもう一つの出来事が「約40年ぶりの大寒波・大雪」。2016年1月23日から25日にかけて強い冬型の気圧配置となり、九州北部地方の約1500メートル上空には氷点下15度以下の寒気が流れ込んだ。  熊本県では、23日夜から県内各地で(とりわけ、普段は雪の降らない天草・芦北地方や球磨地方を中心に)断続的に雪が降り積もり、25日9時には人吉と水俣で20cm、牛深で12cmの積雪を観測。25日の最低気温は、上(あさぎり町)で氷点下13.8度、人吉(人吉市)で氷点下9.8度を観測したのをはじめ、県内9地点の観測所で観測史上1位の値を更新した。  この大雪や低温の影響で高速道路などが通行止めになり、交通機関の運休・遅延などの交通障害や車のスリップ事故が発生し、熊本県警察本部調べでは、24日08時30分から25日08時30分で人身事故25件、けが人33人、物損事故107件が発生した。また、水道管の凍結による断水も多数発生した。

平成28年1月24日から25日にかけての熊本県の大雪と低温について(熊本地方気象台)↓ http://www.jma-net.go.jp/kumamoto/kakusyusiryou/20160126_kumamoto.pdf

(2016年1月の大寒波・大雪 国道3号・県南地域 除雪状況)

【冬期の道路交通を確保する】  近年、日本列島を襲う大寒波・豪雪によって、交通に支障が出てしまうケースが少なくない。今冬も、北陸地方を中心とする日本海側では記録的な大雪が降り続き、列車・車の立ち往生や高速道路の通行止めなど、大きな影響が出ている。  2018年1月11日、JR東日本の信越本線で、新潟県三条市の東光寺駅を発車した列車が、積雪のため次の帯織駅にたどり着けず、ほぼ中間地点で立ち往生する事態が発生した(結果的に、約430人の乗客が最大15時間半にわたって車内に閉じ込められることとなった)。  また、移動性低気圧の影響で、1月22日から23日明け方にかけて首都圏の平野部でも積雪が20センチを超える大雪となり、首都高速道路・中央環状線の山手トンネルなどで車両が長時間にわたり立ち往生することとなった。この日は、鉄道もダイヤが乱れ、空の便でも欠航が相次いだ。  さらに2月に入ってからは、日本海側を中心とする記録的大寒波の影響で、福井市周辺では、昭和56年の豪雪以来の大雪となり、電車の運休や高速道路(北陸道)の通行止めだけでなく、国道8号では多くの車両が長時間にわたり立ち往生することとなった。また、この記録的な豪雪は、スーパーやコンビニでの品薄状態が続き、患者が病院にたどり着けないなど、市民生活を脅かしたほか、工場の操業停止や温泉旅館の宿泊キャンセルなど、企業の活動にも大きな影響を及ぼしている。

 ここ熊本でも、冬期の交通確保は重要な課題。とりわけ、熊本地震による交通への影響(国道57号が南阿蘇村立野地区で通行止めなど)が残っている現在、県内の主要幹線道路(直轄国道等)の冬期道路交通確保は最優先事項の一つである。  私が勤務する熊本河川国道事務所では、熊本地震からの復旧・復興プロジェクトをスピード感を持って進める傍ら、地域住民や道路利用者への更なる負担が生じないよう、熊本県内を縦横断する直轄国道等(300km超)の適切な管理に日々取り組んでいる。とりわけ、次の2路線(除雪優先区間)の雪氷対策は、事務所全職員をあげた体制で、また県内建設関係企業の全面的な協力を得ながら、事前準備と降雪時のオペレーションを昼夜問わず遂行している。

 ■国道57号大分県境「波野・滝室坂」・・・「除雪優先区間」九州横断交通の要。  ■国道57号迂回路「ミルクロード」・・・「除雪優先区間」熊本~阿蘇間交通の要。

 今冬の円滑な道路交通の確保に向けた九州地方整備局の取り組みについて↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/site_files/file/n-kisyahappyou/h29/1712270100.pdf

 熊本冬の道(熊本河川国道事務所)↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/kumamoto_fuyunomichi.html

 阿蘇地方の冬、道路の路面凍結・積雪に要注意!(熊本河川国道事務所)↓ http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/site_files/file/temporary/fuyunomichi/leaflet_fuyunomichi.pdf

(グレーダーによる大型スタック車両の牽引 2018.1.22国道57号滝室坂)

(防災室)

(今回の舞台)

(2018年2月11日)

最新記事
アーカイブ
​カテゴリー
​熊本国土学 記事一覧
bottom of page