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発注者責任を果たすということ(最終回)

★ここ常陸国筑波の地で涵養された発注者責任に対する私の問題意識と使命感は、熊本地震災害復旧という難局において昇華され、究極のスタイルで現場実装されることとなりました。


 平成28年熊本地震からはや6年が経とうとしています。地震発生の4ヶ月前(平成27年12月16日)、私は急遽、肥後熊本に赴任することとなり、熊本河川国道事務所長として、熊本地震を経験しました。

 改めて振り返りますと、熊本地震によるインフラ被害は甚大でしたが、国土交通本省の指導のもと、九州地方整備局が局を挙げて全面的に支援してくれたおかげで、なんとか危機的な状況を乗り切ることができました。一方で、事務所スタッフの頑張りも忘れることができません。全員が「全体への奉仕という使命感」を持って、職務に精励してくれました。また、地権者の方々や関係機関の理解と協力、工事・業務受注者各位の弛まない尽力がなければ、県民の期待に応える災害復旧はできませんでした。


肥後国熊本の地で現場実装された発注者責任の究極スタイル

 国土交通省の現場の最前線指揮官である(河川国道)事務所長は、上司である整備局長から権限・事務の一部を委託(分掌)されています。大きくは、次の二つの責任に集約できると思います。

 一つは、施設管理者としての責任(管理者責任)です。道路を例にとると、各道路管理者は、常日頃から、また災害発生時にはその直後から、橋梁やトンネルを含めた道路施設の点検を実施し、できるだけ速やかに通行可能であるか否かを判断しなければなりません。

 当時、熊本河川国道事務所長であった私は、交通量の多い直轄国道300kmの通行可否を判断し、また通行に支障があれば速やかにこれを応急復旧し、交通開放しなければなりませんでした。激甚な被害が発生していたこの時は、「国総研」や「土研」の道路構造物の専門家グループの技術的助言を得ながら、道路管理者として責任のある判断を一つ一つ行っていきました。

 今一つは、関連する工事や業務を発注する者としての責任(発注者責任)です。災害復旧にあたっては、発注者責任に関する私自身の勤務経験・キャリアパスが大いに役立ちました。例えば、初動対応、応急復旧~本復旧に至る現場のマネジメント。私は、「非常時モード」に入ったことを強く意識しつつ、地元建設業界の実情を十分に把握した上で、平常時の入札契約ルールに縛られること無く、臨機応変に工事・業務発注を行っていきました。ここでは、随意契約の柔軟な運用と地域JV制度の活用がカギとなりました。

 ルール制定者の想定を超える局面では、その場において最良の結果を実現すべく、自らの判断力を駆使する姿勢こそが求められます。そして、この臨機応変な対応を可能とするのがそれまでの経験知です。

 大規模な斜面崩壊が発生した一般国道57号を迂回するバイパス事業(北側復旧ルート)のうち、カギとなる工区・二重峠トンネル工事の契約にあたっては、全国で初めて「技術提案・交渉方式(ECIタイプ)」を適用しましたが、これを含め、直近5年間の国総研(建設マネジメント技術研究室)勤務経験が私を助けました。制度導入に向けての海外調査(英国ECI調査及び米国CM/GC調査)や、改正品確法(公共工事の品質確保の促進に関する法律)に基づく技術提案・交渉方式運用ガイドラインの作成に携わってきた私が、災害復旧現場でECI方式を適用することとなったのです。当該分野の経験知を形成するにあたっては、わが国の建設マネジメント研究の第一人者である小澤一雅先生(当時、東京大学大学院教授)の長年にわたるご指導がありました。先生には、ご多忙にもかかわらず、即決で二重峠トンネル工事(技術提案・交渉方式)の有識者委員会の委員をお引き受けいただきました。

 今回の熊本地震対応の経験知は、後ほど検証され、災害復旧における入札契約方式適用ガイドライン(制定)や技術提案・交渉方式運用ガイドライン(改訂)に反映されています。


 マネジメントの視点からみた、平成28年熊本地震からの復旧・復興(建設マネジメント技術)↓


 熊本地震を振り返って(土木学会 2019年度公共調達シンポジウム 基調講演資料)↓


 熊本地震から5年 臨機の対応は広範な経験知・学習知から(土木学会 論説・オピニオン)↓


常陸国筑波の地で涵養された発注者責任に対する問題意識と使命感

 熊本河川国道事務所長として赴任する直前の約5年間(平成23~27年度)、私は茨城県つくば市にある国総研(国土交通省国土技術政策総合研究所)の建設マネジメント技術研究室長として、公共工事や調査・設計業務の調達における最適な入札契約方式・事業執行方式は如何にあるべきか?など、公共事業の適正かつ効率的な執行に係わる政策立案、ガイドライン作成等に関する研究を実施していました。

 具体的には、国土交通省が発注する全ての工事(全国の地方整備局等のデータ:約10,000件)における総合評価落札方式の実施状況を毎年度詳細に分析し(年次報告)、その結果を運用ガイドラインの改訂に反映させるとともに、調査・設計等業務(全国の地方整備局等のデータ:約13,000件)についても、入札・契約の実施状況を毎年度レビューし(年次報告)、その結果を運用ガイドラインとしてとりまとめていました。

 また、国内の入札契約制度を改善していくにあたっては、参考となる諸外国の制度や運用実態を把握する必要があることから、欧米の入札契約制度・事業執行方式の調査にも精力的に取り組みました。前出の「技術提案・交渉方式運用ガイドラインの作成」などは、その代表的成果と言えるのではないでしょうか。

 こうした研究活動を通して、私は、全省庁をリードする国土交通省の入札契約制度(ルール)と現場における運用課題・解決方策について、誰よりも精通することとなりました。

 さらには、国土交通大学校の研修講師をさせていただくことで、現場技術者(事務所課長・係長クラス)の発注者責任教育にも携わることが出来ました。教えること(人材育成)を通して、自らも学ぶことが出来たのです。

 前出の小澤一雅先生(東京大学大学院教授)をはじめ、建設マネジメント分野の先生方とは、この国総研時代に、土木学会の委員会活動や国土交通省の懇談会におけるご指導を通して、コミュニケーションを深めさせていただきました。


 国総研・社会資本マネジメント研究室(旧・建設マネジメント技術研究室)↓


 国土交通省直轄工事における総合評価落札方式の運用ガイドライン、実施状況↓


 建設コンサルタント業務等におけるプロポーザル方式及び総合評価落札方式の運用ガイドライン、実施状況↓


 海外における公共調達-アメリカ、イギリス、フランス、ドイツでの建設事業調達-(国総研資料第772号)↓


 英国・米国における包括・個別二段階契約方式-フレームワーク合意方式(FA)と数量未確定契約方式-(国総研資料第908号)↓


 国土交通省直轄工事における技術提案・交渉方式の運用について↓


 土木学会建設マネジメント委員会↓


 発注者責任を果たすための今後の建設生産・管理システムのあり方に関する懇談会↓



国土交通大学校の研修講師資料から(抜粋)


武蔵国東京の地で育まれた発注者責任を支える教養と精神

 国総研勤務(平成23~27年度)の直前、私は(一財)国土技術研究センターで3年弱、幅広い研究活動をさせていただく機会を得ました。この時の学びが、後に熊本地震からの災害復旧に従事する私の心の支えとなりました。発災一ヶ月後に「私たち日本人は、此の日本という国土によって育まれてきました。此の日本列島で頻発する大規模な自然災害によって、ずっと昔から教育を受けてきました」という文面のメールを親友にあて発出した履歴が残っているのですが、そのような気持ちで復旧活動に従事できたのは、「国土学」の師・大石久和先生(当時、理事長)の教えによるものです。

 先生からは、いろいろな物事に関心をもつこと、幅広い人間になることが大事、とも教えていただきました。古今内外の教科書研究や内村鑑三の著作、仏教本等を通して、多くの気付きや学びを得ました。熊本では、地震発生後およそ半年間、休日を返上することとなりましたが、それ以降は、週末に熊本県内の郷土・インフラ史跡を巡り、ブログ『熊本国土学』を更新し続けました。

 発注者責任の概念や会計法の論点(物品調達と公共調達の違い)について、また、品確法(公共工事の品質確保の促進に関する法律)制定に至るまでの経緯等について、詳しく教えていただいたのもこの時のことです。


 天職(熊本国土学)↓


 【品確法】この国には欠けている法律があった!?(オンライン国土学ワールド)↓


 【品確法】やっと世界に追いついた!?遅れていた日本。(オンライン国土学ワールド)↓


再び、筑波の地にて

 熊本河川国道事務所勤務の後、2年間の本省(国土交通省大臣官房技術調査課)勤務を経て、令和2年8月から再び国総研で勤務することとなりました。今回は、所内のマネジメント全般が職務となりましたが、研究業務や施設整備に関する発注マネジメント統括にあたって、これまでの経験知が大いに役立っていることは、あらためて説明する必要の無いところです。

 現在、建設業界・建設関連業界では、改正労働基準法の適用を背景として、働き方改革の徹底が急務となっています。さらに、新型コロナウイルス感染症への対応として、テレワークの導入が急ピッチで進められる中、これまで以上に発注者責任を果たしていくことが求められています。そういう意味では、地方整備局の最先端のルールを導入するなどして、業務発注にあたっての働き方改革とルール改善(早期発注、履行期限の平準化、ウィークリースタンスや業務スケジュール管理表の適用標準化、Web会議やWeb閲覧の導入拡大など)を精力的に進めたことが、この1年8ヶ月の主な成果と言えるでしょうか・・・。


 われわれ公共事業発注者(インハウスエンジニア)は、地域の方々や業務パートナーである関係業界とコミュニケーションを図りながら、より上位の目標、例えば「将来世代により良いインフラを残していく」の達成のため、最善を尽くしていかなければなりません。「発注者責任」は、そのための基本概念であり、平成17年の制定以来改正が重ねられてきた品確法は、この基本概念を各発注現場において具現化するためのルールブックなのです。


 国総研が創るインフラの未来(茨城国土学)↓



(2022年3月30日)

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