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人吉球磨地方の開拓の守護神「青井阿蘇神社」と「おくんち祭」

★人吉市の国宝・青井阿蘇神社で開催された「おくんち祭」。今年は、熊本地震からの復興祈願祭でもあった。

 人吉市の国宝・青井阿蘇神社の例大祭「おくんち祭」は10月9日、メインとなる神幸行列があり、神職を乗せた神馬や甲冑武者、神輿、獅子など総勢約1,600人が神社から人吉城跡までの間を練り歩いた。今年の「おくんち祭」は、熊本地震からの復興も祈願した。 獅子に頭をかんでもらうと子供は無病息災で健やかに育つとのことで、親はしきりに子供の頭を獅子に近づけ、子供は獅子面が怖くて泣きじゃくる、この微笑ましい(?)風景は、青井阿蘇神社の「風物詩」になっているとのこと。

 人吉市は、鹿児島県と宮崎県との県境にあって熊本県の最南端に位置し、四方八方を切り立った山に囲まれた盆地にある。現在でも、八代から人吉に行くためには高速道路(九州縦貫自動車道)を走って、長短23ものトンネル(最長は延長6,340mの肥後トンネル)を通り抜けていかなければならない。  しかし、この地形が幸いし、中世以来700年にわたる相良氏の統治が続き、球磨独自の文化が保たれている。青井阿蘇神社の境内に連なる茅葺と銅板葺の社殿は、江戸時代初頭にまとめて造成されたもので、「本殿」「廊」「幣殿」「拝殿」「楼門」の5棟が国宝に指定されている。  青井阿蘇神社は、古くより開拓・農業の神として信仰を集めた古社である。806年に創建され、球磨地方の鎮守として信仰を集め、中世以降は人吉城主相良氏の氏神となり、現在、地元では親しみを込めて「青井さん」と称されている。  青井阿蘇神社の公式ホームページでは、  「相良氏入国より約400年前、今から1,200年前の大同元年(806年)に神社が創建されました。  阿蘇の広大な原野を開拓し、その守り神として阿蘇山のふもとに鎮まる阿蘇神社の御祭神十二神のうち、三神の御分霊が、重陽の日9月9日に青井阿蘇神社に祀られたのです。  御祭神の名は、初代の天皇である神武天皇の孫にあたられる健磐龍命(たけいわたつのみこと)、その妃の阿蘇津媛命(あそつひめのみこと)、お二人の子供の國造速甕玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)の三柱の神々です。  この開拓の守護神である阿蘇神社の神々を祀り、ご加護を受けながら人吉球磨地方の開拓が営まれ、安住の地を整えていったのではないかと思われます。 【開拓の祖を祀る阿蘇神社】  阿蘇神社の御分霊をお祀りした神社は、全国に523社が鎮座し、内訳としては熊本県に461社、大分県に32社、福岡県に7社、宮崎県に5社、長崎県に4社と九州に509社が鎮座し、青森県を北限とし本州に14社が確認されていることから、古来より開拓の神として厚い信仰が寄せられてきたことが伺えます。」と神社の由来が説明されている。

   青井阿蘇神社公式ホームページ : https://aoisan.jp/

球磨川中流域に広がる人吉盆地は、昔から農耕に恵まれた大地でした。開拓・農業の守護神である「青井阿蘇神社」のご加護をいただきながら、人吉球磨地方の人々は郷土(国土)に働きかけを行うことによって、国土から恵みを返してもらってきました。現在の人吉球磨地方の豊かな暮らしは、こうした国土と先人たちの努力の賜物です。

(青井阿蘇神社)

(青井阿蘇神社・楼門)

(青井阿蘇神社・拝殿と神輿)

(青井阿蘇神社・由緒板)

(「おくんち祭」の一コマ)

(球磨川の流れ)

(今回の舞台)

(2016年10月15日)

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